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      <title>グルメな時間</title>
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      <description>ベトナム料理に興味はあるかい？</description>
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         <title>保守的な教育</title>
         <description>
社会を構成する1人1人が、教育により一層の関心を高めなければなりません。


いま学校でどのような教育がなされているか、正しい教育とはいかなるものか、ということに、社会全体の目が注がれなくてはなりません。


そして、よりよい学園づくりへの市民の参加が望まれるのです。


では次に、学校教育の問題です。


今では良識派の教師も多く、使命感に燃えて教育現場で活躍しています。


これらの教師はいずれも、現在の学校教育がこのままでいいと思っていないでしょう。


・・・しかし、政治活動を主たる仕事とする日教組の幹部や活動家は、教育の前進的な改革にはすこぶる&quot;保守的&quot;です。

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         <pubDate>Tue, 01 May 2012 12:05:28 +0900</pubDate>
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         <title>「リゾートは金になる」　3</title>
         <description>事務局長にはFFSの代表幹事・浜田卓ニ郎議員が就任。


同じ年の2月には47都道府県すべての都道府県知事をメンバーとする「大規模リゾート地域整備推進協議会」（会長・鈴木礼治愛知県知事）が設立されました。


・・・この2団体が、民活の活用と過疎対策という共通の利益をリゾート開発に見出して、法律制度の整備を急いだといわれています。


急がせたのは複合リゾート開発懇談会という日本開発銀行、日本長期信用銀行、住友信託銀行、鹿島建設、清水建設、ミサワホーム、三菱地所、西武不動産、森ビル観光、東急電鉄、日本鋼管、石川島播磨重工業など・・・


その各社を主要メンバーとする組織です。


同年12月には、国土、農林水産、通産、運輸、建設、自治の6省庁が、リゾート関連法案の一本化についてたちまち合意しました。


87年3月には法案を国会に提出。


5月に成立、そして6月に施行とあらかじめ敷かれたレールをただ突っ走ったといっていいでしょう。

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         <pubDate>Fri, 10 Feb 2012 11:27:02 +0900</pubDate>
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         <title>「リゾートは金になる」　2</title>
         <description>自民党の国会議員有志の政策集団「自由主義経済推進機構」（FFS。83年成立。88年に「自由社会フォーラム」に改称）が、85年10月に「緑陽日本構想」（グリーンシャイン構想）と題する大規模リゾート整備構想を発表しました。


・・・これに呼応して競い合うように、各省庁がそれぞれの構想を打ち上げました。


●建設省・・・複合リゾートカントリー整備構想


●通産省・・・余暇開発基盤施設整備事業構想


●運輸省・・・アトラクティブ・リゾート21構想


●国土庁・・・広域リゾートエリア構想


●農林水産省・・・農山漁村リゾートゾーン整備構想


●自治省・・・大規模広域リゾートゾーン整備構想


●環境庁・・・リフレッシュ・イン・ナショナルパーク・プラン


官庁とはよほど人があまって暇なところらしく、似たような構想づくりに時間と金をつかっていたのです。


このように各省庁、いっせいに走り出した背景は85年以来の円高と構造不況脱出のための内需拡大政策という国家的要請と、カネ余り企業、金融機関のための投資先探しが必要だったからです。


各省庁の縄張り争いでは国家的要請が発揮されないということで、各省庁を集めた組織ができあがりました。


それが86年10月に自民党国会議員155名が結集して、自民党内に設立した「大規模リゾート建設促進議員連盟」（会長・小淵恵三議員）です。

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         <pubDate>Sat, 07 Jan 2012 11:25:41 +0900</pubDate>
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         <title>「リゾートは金になる」</title>
         <description>政・財界でささやかれる企業をリゾート開発に引き入れるため、さまざまの優遇措置が講じられているのは一目瞭然です。


銀行もさることながら民間はカネ余りの状態にあり、大都市圏の土地はほとんど買い漁っています。


地価は暴騰し、含み資産もがっちり貯めこみ、今度は地方でだぶついた金を使うことになります。


その時、新たな利益を求めるために、リゾート法は格好の武器になるわけです。


そのうえ、過疎対策で頭を痛めている自治体にとっては、リゾート法は手っとり早い地域開発の手段となります。


リゾート法が成立したのは87年6月9日。


・・もちろん、ある日突然生まれたものではありません。


推進母体がいました。


「リゾートは金になる」と政・財界の中で、ささやかれたのは85、6年頃からです。

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         <pubDate>Sat, 03 Dec 2011 11:25:01 +0900</pubDate>
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         <title>カネ余り企業と地方自治体</title>
         <description>リゾート法でいう基本構想とは、都道府県が主務大臣の規定した基本方針に基づいて作成するものです。


「特定地域の区域、重点整備地区の区域、整備の方針、自然環境の促進との調和その他を定める」


・・・となっています。


特定地域とは、良好な自然条件を有する土地を含んでいて、かつ特定施設の総合的な整備を行うことができる相当規模の地域のことをいいます。


規模としては15万鈴程度以下、つまり周囲4000×4000、自動車による1時間行動圏程度の地域のこと。


重点整備地区とは、特定地域のうちに数カ所程度設定されるもので、特定施設の整備をとくに促進することが適当と認められる地区を指して、3000秒程度、5,0×6,0以下をいいます。


また特定施設とは、スキー場、ゴルフ場、マリーナ等のスポーツ施設や保養文化施設、宿泊施設その他をいって、特定民間施設とは、指定特定施設の中で民間事業者が設置及び運営をするもののことをいいます。


・・・まさに、地方の民活版といえる法律です。

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         <pubDate>Sun, 20 Nov 2011 11:24:01 +0900</pubDate>
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         <title>重度・重複障害の医療　3</title>
         <description>家族の独特な事情、ひとりひとりの異なる状況があります。


病理の奥にひそんでいる発達の「正常性」はわたしたちと何も異なっていないことを再確認することが必要です。


病気が重度の慢性病だから発達しないと考えるだけでなく、独特な状況に合うてだてを探して、その正常性をのばすことが大切だと思います。


重度・重複障害にはひとりひとり個性の特微があるので画一的に考えるわけにいかないことを述べましたが、それでも比較的に一般にみられる共通の事情もあります。


それを心得ておくのがケアの予備知識として大切でそれを次に記します。


まず第一に乳幼児のときからの濃厚な保育です。


これをひとことで過保護と言ってしまうのは問題で、とにかく幼いときから周囲のひとは子育てに苦労します。


乳を飲ませにくい、すぐ発熱する、風邪をひくと重くなる、夜ねない、また絶えず病院に連れていかねばなりません。


このような日常の世話のほかに、もっと心を重くするのは重度障害のために将来の発育に対していつも不安を持ちます。

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         <pubDate>Wed, 12 Oct 2011 18:01:19 +0900</pubDate>
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         <title>重度・重複障害の医療　2</title>
         <description>からだを横にさせて診ると後頭部から大きなコブが出ています。


また腰の辺からもさらに大きな袋状の肉魂が出ています。


両親の現在のいちばんの問題はこの体重の重くなった子どもをどのようにして風呂に入れてやろうかということで、奉仕グループの若者の来たときに手伝ってもらって入浴させているということです。


これはアーノルド・キアリという先天異常の病気で頭と腰からの袋は脳脊髄膜が骨の奇形を伴って外部に露出したものなのです。


このような例をみるとまずこの障害児では先天奇形のために病気の症状がすべてを圧倒してしまって、日常生活の不便、不自然をひきおこしているのだとひとは考えます。


たしかにそのような点はあるでしょう。


しかし同じ病気であっても、身体がずっと小さくて動きや身辺処理の点で、またさらに性格や行動の面でもまったく異なっている場合もあります。


発育が正常になることは望めなくても、幼いときに手術してこのような袋が消失している場合には状況はかなり異なっていたはずです。


要するに表面からみた「異常性」はかならずしもその子どもの精神発達の異常性を示すものではないし、またその子どもの将来の発達の見通しをそのまま規定しているものでもありません。

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         <pubDate>Sat, 03 Sep 2011 18:00:38 +0900</pubDate>
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         <title>重度・重複障害の医療</title>
         <description>重度・重複障害を前にするとその「異常さ」に圧倒されて、初めて接したひとは驚いてしまいます。


手足のフルエ、表情の固さ、身体の不均衡な発育、これらのあらわれは普通日常わたしたちの見たことのない異常な出来事のように思われるのです。


かなり以前のことになりますが、ある重症心身障害児の医療施設を見学した年輩の特殊学校の先生が、その見学後に「あのような子どもたちが居るのをはじめて知った」と感に耐えぬように言われたことが印象的でした。


たしかに障害児にかかわりのある医師でさえ重度・重複障害の実態を知っているとは限りません。


それはひとつびとつの病気や病人としては知っていても、生活の場の特殊事情には不案内だからです。


福祉事務所の職員と一緒に巡回診療で家庭訪問をすると次のような光景に出会います。


奥の部屋に通されて入ってみると、80キロは優に越すと思われるひとが寝ています。


頭がひどく大きいのです。


年は20歳です。


そばに座っている両親が気の毒なくらいに小さくみえます。

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         <pubDate>Wed, 10 Aug 2011 17:59:36 +0900</pubDate>
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         <title>ボディボードをはじめるにあたって・・・　2</title>
         <description><![CDATA[ウェイブプールなどではフィンの着用を禁じているところもありますから、楽しむ場所を考えてから購入したいですね。


この他に必要となってくるものもいくつかあり、ウエットスーツなどは後から揃えていけばよく・・・


水着は男性ならウエストをしっかりと締めておけるもの、女性ならセパレートよりもワンピースの水着のものがいいでしょう。


最初は<a href="http://ccc-kugenuma-beach.com/" target="_blank">サーフィンスクール 湘南</a>などの教室に入ることをおすすめします。


さて、ボディボードの特徴は何といっても小さくてやわらかいということにあります。


長さはサーフボードの約半分ほどしかなく、素材もウレタンなどを使っているためずいぶんと軽いです。


電車のなかでも邪魔もの扱いされず・・・


車のなかにもスッポリと入って持ち運びがラクにできるというこの手軽さが、人気を集めた理由の一つといってもいいでしょう。


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         <pubDate>Tue, 12 Jul 2011 15:13:34 +0900</pubDate>
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         <title>ボディボードをはじめるにあたって・・・</title>
         <description><![CDATA[ボディボードをはじめるにあたって揃えておきたい道具を紹介すると、ボディボードとフィン。


まずはこの二つさえあれば誰でも簡単にチャレンジすることができます。


他に、ボードの流れ止めとしてのリーシュコード、ウエットスーツなども購入しておけばかなり長いシーズン、ボディボードを楽しむことができます。


初心者だったら<a href="http://ccc-kugenuma-beach.com/" target="_blank">サーフィンスクール 湘南</a>教室などへ入れば、最初は道具などを貸してもらうことが出来るでしょう。


それぞれの道具に関するチェック項目は後で述べるとして、まずはボードを購入することが挑戦の第一歩となります。


はじめようかどうしようかと迷っている人には、レンタルのボードで試してみることをおすすめします。


次はフィンの購入。


さまざまなテクニックを駆使するボディボードでは、フィンはなくてはならないグッズだといえます。



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         <pubDate>Fri, 10 Jun 2011 15:12:17 +0900</pubDate>
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         <title>魔女の集会</title>
         <description><![CDATA[魔女たちは集会に行くために体に軟膏を塗り、箒や杖にまたがって空中を飛ぶ。


魔女集会の主宰者は悪魔の王、魔王です。


新参の魔女はこの魔王と悪魔の契約を結ぶことによって魔女として認知されます。


魔女裁判の記録によれば、集会には数十人から数百、あるいは1万人にも及ぶ男女の魔女が参集したと伝えられています。


伝説では集会の日は木曜日とされ、鳥が鳴くと即座に閉会することが厳しく戒められていました。


これは人に姿を見られることを極度に警戒したためです。


そして、占いですが、一般的な普通の<a href="http://www.e-aine.com" target="_blank">電話の占いサービス</a>がいいらしいですよ。

]]></description>
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         <pubDate>Mon, 06 Jun 2011 18:13:31 +0900</pubDate>
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         <title>障害の独特な状況</title>
         <description>福祉の世界では、教育よりも以前から重度・重複の障害を対象にしていたわけです。


すなわち教育可能かどうかというよりも、社会に居るからこそ面倒をみるというより幅広い発想であったわけです。


医療の世界では本来障害の重さは問題になりません。


生命を救うという視点からはどんなに重くても治療せねばならないと考えるわけです。


しかし最近までは重度・重複は単に病気という観点からみられていたので、その日常のケアについてはあまり問題にされなかったのです。


それはひとつには重度・重複障害児は比較的短命であったことと、病院では慢性の病気について日常生活上のケアに配慮するゆとりがなかったということにもよります。


現在ではこのような事情は昔とかなり変わってきています。


すなわち重度・重複障害の医療はいわゆる治療教育という面からも対応せねばならないといわれるようになりました。


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         <pubDate>Sun, 22 May 2011 17:58:14 +0900</pubDate>
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         <title>成功を心に誓い　2</title>
         <description>それにしても友人の棹影が結核にかかり、いよいよ死ぬという段になってふともらすことばは、同時に小説を通して、犀星が母にたずねた最初のことばではなかったかという気がするのです。


「僕だって愛されていると思うが、なぜか信じられなくなってね」。




作家の号にも、それぞれに由来があっておもしろいものです。


たとえば鏡花は「鏡花水月」(美しいがそれを手中にすることはできない)の比喩を略しています。


秋声は、多分発句を作っていた時に、といっていますから、季題「秋の声・秋声」(秋の気を知らせる声音)からつけたもの。


犀星の場合は、既に、金沢出身で詩人として名の高かった国府犀東(昭和25年、77歳没)にならい、わが家は犀川の西に在り、の意を通わせたものといわれています。


しかしまた、明日に賭ける青年らしいその夢を「星」に託したものでもあったでしょう。


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         <pubDate>Wed, 20 Apr 2011 11:25:43 +0900</pubDate>
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         <title>成功を心に誓い</title>
         <description>明治の金沢を舞台に文学少年「私」の性に悩みながらも将来にかける夢・・・


そして短い生涯を閉じた友人表棹影(実名・犀星の文学仲間)のラブロマンスを、きわめて詩的なタッチで描きあげたものです。


「この犀川の上流は、大日山という白山の峰つづきで、水は四季ともに澄み透って、瀬にはことに美しい音があるといわれていた。


私は手桶を澄んだ瀬につき込んで、いつも、朝の一番水を汲むのであった」


「汲んでしまってからも、新しい見事な水がどんどん流れているのを見ると、いま汲んだ分よりももっと綺麗な水が流れているように思って、私は神経質にいくたびも汲みかえたりした」。




この澄み透り、しかも上流には県境の山々の峰をひかえて、いかにも大河の廊獄を示す犀川、改めて、孤独になりたい時はひとりこの河原に立ったという犀星の心が痛いほど分かるようです。



しかし主人公の少年は、その孤独な心をすべて詩作に向け「どうかして偉くならなければならない」と心に誓います。

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         <pubDate>Tue, 01 Mar 2011 11:24:34 +0900</pubDate>
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         <title>犀星の自己形成のあと</title>
         <description>犀星は、先の『杏っ子』の中でこうも書いています。


「小説家平山平四郎がいくらじたばた腕いても、その母をもう見ることが出来ないのである。


ただ、このような物語を書いているあいだだけ、お会いすることが出来ていた。


弥左衛門の言いぐさではないが、遂に砥な者にはならなかったけれど、物語をつづるということで、生ける母親に会うことのできるのは、これは有難いことと言わざるをえない、有難いことのなかの特に光った有難さなのである」。


犀星が、いよいよ文学でと意を決し上京したのは明治43年、21の時でした。


それから10年近く、金沢へ帰ってくれば、金にもならん詩なんか書きおって、あんな男はゴロツキとおんなじゃないけ、そういう意味で「詩ゴロ」とさげすまれもしました。


しかしそれでも詩を書きつづけ、『愛の詩集』『好情小曲集』(大正7年/29歳)、この2冊によって文壇にデビュー。


翌年にはさらに『幼年時代』『性に眼覚める頃』を書いて、小説家としても世間の注目を浴びるに至ったのです。


この2つの小説は、さらに「或る少女の死まで」(大正8年)を加え、しばしば初期三部作とも呼ばれて、犀星の自己形成のあとを、その幼年期から青年期に至るまで、克明にたどることのできるものです。


中でも『性に眼覚める頃』は最も人気があり、再三映画やテレビにもなっています。

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         <pubDate>Sun, 20 Feb 2011 11:23:54 +0900</pubDate>
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